私はトラック運転手。貯金8万。13年で1000万貯まった話

貯金・節約

お疲れ様です。ギガ子です。本日も安全運転で運行しております。

「どうやって1000万も貯めたの?」

よく聞かれるので今回は私が13年で1000万貯まった道のりをせきららに書いていこうと思います。

この1000万の貯金のおかげで資産運用をやるきっかけにもなり、現在の総資産はおかげさまで2000万突破。キツイこともたくさんあったし、6回も転職したけど、今となってはとてもいい経験したと思っています。

結論から申しますと、ひたすら働くことに集中し、お金を使う機会が必然的に減ったからです。

トラックドライバーって、拘束時間長いし、扱いひどいんですが、とりま手っ取り早く稼げる業種ではあります。

労基法ガン無視のブラック企業多いけど、働いて手っ取り早く稼ぎました。

そして、忙しすぎて遊びにいく暇もなし、趣味にお金使う暇もなかったので「あれ?なんか勝手に貯まっていってるぞ?」って感じでした。

具体的な節約術についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

➡️1000万円貯めるまでにやった節約術【貧乏くさいと笑われた話】

勝手に貯まっていったいった状況とは?どういう事か、詳しく話します。

初めての運送屋デビューは山◯組系の超ブラック企業だった

23歳で運送屋に興味を持ち、面接を受けるもことごとく断られた。『23歳、未経験、女性』そりゃ雇う側としても信用のないステータスです。

根気強く当たり続け、10社目くらいでようやく合格。晴れてトラックの世界へ飛び込み、私の免許は中型までは乗れたので最初は4tウイングからスタート。

しかし、いきなり長距離デビュー。

関東のどこかで積み〜関西のどこかで下ろす。また関西のどこかで積み〜関東のどこかで下ろす。積荷は決まってない。ルートも決まってない。定期便ではないので完全フリーの行き当たりばったりの仕事。

「おろし終わりました!」と電話すると、次の積み地の住所が送られてくるので地図見てそこへ向かう。

積んで下ろしたら、また電話して次の住所をもらう…って感じです。

もらい仕事ですね。しかもかなり下の方。7次受けとかありました。最初から一番ハード(超ブラック)な運送屋に行ってしまいました…(社長が山◯組系だったとか(-。-;))

自分でもなんでこんな怪しい会社に行ったのか謎です。もっとマシな会社あったろうに…

この会社の運行状況は1回出発したら1週間は帰ってこれません。

日曜の昼過ぎor夜には出発し、土曜の昼〜夜に帰ってきます。その間はずっとトラックの中で寝泊まりします。

シャワーは宇佐美や太陽のガソリンスタンドで。給油しないで勝手にシャワーだけ借りてました(基本は給油した人が借りれます)

初心者だし当然道にも詳しくないので、効率のいいルート、どの区間高速のったらいいかなんてわからないので手こずりまくり。

「関東〜関西って全部高速じゃないの?」と疑問に思うかもしれませんが、この会社は基本下道、高速乗りすぎると給与から引かれるっていう…∑(゚Д゚)ブラックすぎ。

ほんとになんでこんな会社に行ったのか謎なんですが、当時はなにも知らぬピュアなギガ子…ことごとくいろんな会社から断られ、やっと合格した会社。雇ってもらえただけありがたいと思ってたくらいです。

毎日3時間睡眠という超過酷な運行ながらも最初はいろんな場所に行けるので、初めてみる景色、木曽路の気持ちよさ、旧和田峠のおっかなさ(有料区間は自腹だっので旧道攻めてたw)、名阪国道のサーキットっぷりなど、キツかったけどおもしろい出来事もいっぱいでドライブ&旅行気分で何気に楽しくやれてました。

そんなこんなで私の運転手としての初給料がでました!

14万

関東〜関西の往復でこれって激ヤバ…面接では手取り25万くらいと聞いていたのに。

そっこーオサラバしました(退職)

辞める時に知ったのですが、大型で同じような運行で23万くらいだと。なんでここで働いてる人達は辞めないのか聞いたら、社長から借金してて首輪で繋がれたワンワンだと((((;゚Д゚)))))))コワッ

ほんとなんで私はこんな会社にいったのか。無知にもほどがありますね。

いい勉強になりました。

【貯金の推移】

手取り14万、1ヶ月で撤退

貯金は8万、変化なし

14万から手取り25万へ

転職するのに色々探してたら知人から「友達のお父さんが運送屋立ち上げたから運転手募集してるってよ!」の情報をもらい、知人の友人のお父さんという変な安心感があって早速面接。

最初の運送会社での経験が気に入ってくれたようで、すぐに雇ってもらえました。

1社目にやってたのは毎回積む物が違う、行く場所も違う、毎回初めての場面をこなすフリーの仕事。

このフリーの仕事を極めると、どこ行っても通用する即戦力になれます。定期便で同じ作業を繰り返してるベテランより遥かに経験値が得られるので。刺激があって旅行気分でできます。その分どこ行くか分からない、何を積むか分からないリスクもありますがね。

ここでも毎日4時間くらいの睡眠でしたが、1社目に比べればある程度は高速も使用できた方なので楽に感じてました。でも労基法上は最悪ですよ。全然遵守できてない会社なのでそこは1社目2社目とも変わりありませんでした。

しかし、6年も続きました。

なぜこんな働き方なのに6年も続いたのかというと、貯金が貯まり始めたからです。

4t、フリー便で手取り25万ほど。この時24歳の若かりしギガ子にとってはもらってる感覚でした。

そして大型免許も取得させてもらい、給与は一気に30万くらいに。

毎月気にせず好きに使って支出が増えても、10万くらいは残ってたので勝手に貯金が貯まる状態になってました。

貯めようなんて思ってなかったんですが、通帳の数字が増えていくことがすごく気持ちよかったですね。

貯まり始めた時期。通帳みるのがほんとに楽しかった。

なんで好きに使っても10万も余ってたのか?

理由は忙しすぎて遊びや趣味に使う暇がなかったからです。

交際費がガクっと減ったのがデカかった!でもその分増えてしまったのが食費。一番かかってましたね。

長距離でトラック生活になるので食べ物、飲み物は全てコンビニや飲食店、出先で調達してたので10万近くは使ってた。

唯一の楽しみでもあった食事。各地の運転手仲間に教えてもらった美味しい定食屋、ラーメン。

これが食べれるのは長距離運転手の特権です。

ここは惜しみなく使いました。食費で10万とか異常だけど、こればかりは仕事柄しょうがないので気にせず使ってました。

もともと物欲もなかったのでブランド品買おうとか、いい車乗ろうって食事以外の浪費がなかったのも大きかったかな。

20代で給与30万近く貰ってたら結構豪遊しちゃいますよね。でも私にはそれがあまりなかった。

年80万〜120万ペースで貯まっていきました。

通帳見るたびにニヤニヤしてました。

そして、6年目には貯金が500万を超えてました。

『貯金も順調なのに、なぜ6年目でその会社やめたの?』

理由は経営が怪しくなってきたからです。

4年目で運行管理の資格も取り、トラックを降りて配車マンとして働いてました。

人が足りない時は臨時でトラック乗って応援したりして、配車と運転手の二刀流でかなり激務の中、社長が従業員に給与支払いを渋りだしたんですね。

遅れたというのはなかったのですが、本来付ける手当を低くしたりして運転手たちにはバレないように。私は配車マンとして事務職になってたからパソコンで小細工してたのがわかっていました。

私のお給料も地味に下がってたから不信感が募り、もういいやと思い、やめました。

その3年後だったかな?見事に倒産してました。

【ここでのまとめ】

4トン→大型→配車マンへ

手取り25万→30万へ

【貯金の推移】

1年目→100万(4t)

2年目→200万

3年目→320万(大型へ乗換。給与30万にUP。金使いも増え、少し貯金ペースが落ちる)

4年目→380万

5年目→440万

6年目→500万突破

転職失敗。30万から17万へ。貯金ができなかった地獄の1年。

もう日勤のみがいいなと思い、パッカー車で古紙やゴミ回収の会社でした。

日勤のみ、残業なし。時間も固定。トラックからパッカー車なんて全くの別世界でしたが日勤のみは魅力だったから。

仕事内容は朝3時に出庫、30件ほど回収先を周り、午前中には処分場に捨てて空っぽにして終わり。

ちょうどお昼12時頃に作業が終わって13時に退勤。

30件回収は、乗り降りだけでもなかなかの運動量だったけど、昼過ぎに終わるのでサクッとこなしてました。

ゴミ回収だから汚れ仕事でみんなが嫌がる仕事ではありますが、今までの仕事に比べたら働き方はわるくはなかったと思います。

ただ、お給料が…..

手取り17万….

厳しかった17万時代。20万行くことはなかった。

前職で30万もらってたからかなり下がってしまった…

なんでそんな下がるところに転職したかというと、大型を導入するとの事で乗れる運転手を募集してたんですよ。その大型の仕事が固まるまで最初のうちは4tパッカー車に乗務してくれないかと。だから応募したんですが、半年経っても「今進めてるからもうちょっと待って」といわれ、1年やりましたが、結局大型導入の道筋がまるで見えてこないので、いつまでも17万でやってくのはしんどいので見切りつけて辞めました。

17万のこの1年は全く貯金できてませんでした。

そして30万の生活水準からいきなりの17万。すごくストレスでした。

100円のパン買うのすら躊躇してましたもん。ギリギリの生活でした。

会社側も、騙したつもりはないようですが…自分の転職の下手くそさに絶望です。

【ここでのまとめ】

30万から17万へ。生活水準のギャップにストレス。値段を気にせずに買えてたのが100円すら買うのをためらうように。転職失敗。働き方はよかったが、1年で撤退。

【貯金の推移】

7年目は500万台で変わらず。

この1年間は増やせなかったどころか若干マイナス。

500万切らなかっただけよかった。節約思考&我慢でなんとか乗り切ったストレスフルな1年だった。

収入を上げようとまた転職へ。

転職成功⁉︎17万→35万へ復活!のはずが…

工業団地に構えるそれなりにデカい運送会社へ。

ここは25kgの小麦粉をメインに運んでました。

重量物って運賃が高く設定されてるので稼ぎたい人には向いてます。

お給料も今までのところよりダントツでよかった。手取りで31〜38万くらい。振り幅があるのはやればやっただけの会社だから。

ただし、やはり長時間労働、1週間は家に帰れない。労基法など、ここの会社にはない。ってか運送屋で労基法を完璧に遵守してる会社はかなり少数派です。

ここは2年勤めました。

「手取りいいのになんで2年で辞めた?」

理由は不規則な勤務時間、長時間労働による健康への懸念です。

この会社ではやればやっただけ稼げるので「なんでもやるから稼がせてくれ( ゚д゚)」状態でした。

なんでこんなにアグレッシブになったかというと、パッカー車での17万で貯金が増えなかった1年を埋めようと必死だったので。

自分でなんでもやると言ったので、ほんとにガンガン仕事きましたね。

ほぼ丸一日働いてた時も何度もありました。

2:15〜1:40 拘束時間ほぼ24時間とか超絶ブラックすぎる。

月残業170時間超え。

ちょうどこの頃、過労死がよくニュースに上がってた時で、過労死ラインが100時間から80時間に引き下がった頃でした。

ん?んじゃ170時間の私は一体…(笑

そんなことはお構いなしにガンガン働き、平均手取り35万くらいを維持しました。

17万から急に上がったせいで、少し金使いが荒くなりました。値段はまったく気にせず買い物。通販などでも欲しい化粧品やら高い美容器具を買うように。

確かに金使いは荒くなったけど、それでも余ってたので貯金はできてました。

なんでか?

ここでも激務すぎて交際費がほとんどなかったから。

毎日20時間近い運行で、寝る暇もなければお金を使う暇がない。やっと家に帰れ、休みの日に遊び行こうともそんな気力残ってない。

遊び代がほとんどかかってないので、出費のメインはは固定費と食費、美容代だったかな。

あとは雑費。ズボラだったから把握できてないお金が地味にあった。

固定費10万

食費10万

美容3万

雑費1〜3万(何に使ったのか把握できてない出費)

合わせると大体25万くらいの出費。

それでも8万〜12万くらいはざっくり残ってたのでそれが勝手に貯金に回ってました。

ここで2年働き、貯金が700万を超える。

少ないと33万、頑張った月は38万くらいの給与レンジだったが、気づいたことがある。

毎日20時間近く働いて24日は稼働。それで平均35万だとすると、時給にするといくらなんだ?

730円くらい。

当時の最低賃金と同じでした。

この現実を知り、730円で体力を削り、必死に働いてたと思うとなんだか泣けてきた。

高校生のコンビニのバイトじゃねーか。

この事実を知れたのも、「身を削って働いて稼ぐのはいいけど、時給に換算してみ?絶望するぞ」と教えてくれた先輩がいるんですよ。

わからないことがあったら先輩に聞いたり、日々の会社の愚痴とかも聞いてもらってました。

その先輩が急死したんですよね。52歳。

17歳、12歳の娘さん2人と奥さんを残して。

先輩も同じ様な長時間運行。原因は過労からの脳梗塞。泡吹いて突然倒れしまい、緊急搬送→そのまま死亡。

衝撃すぎて「35万もらったところで、健康を害した働き方でいいのか?お金で健康は買えない」ことに気づき、もう少しまともな会社に行こうと2年で撤退しました。

【ここでのまとめ】

平均35万と給与はよかったが、毎日平均20時間拘束、25キロの小麦粉バラおろしの激務。時給換算730円。

お金は貯まった。が、身を削ってお金に変えても、健康は取り戻せない。先輩の突然死をきっかけに、お金より働き方や健康のが大事だと気づく。約2年で撤退。

【貯金の推移】

8〜9年目→700万台へ

無職の3ヶ月間。

少しゆっくりしたかったので転職活動する前に3ヶ月無職でいた。なんか生き急いでる感があったので、何にも縛られずと自由を楽しもうと思って。考える時間も欲しかったからさ。

もちろんこの間は貯金を切り崩して過ごした。失業保険使えるのに、無知な私は申請せず。アホですよね。

結局3ヶ月で60万くらい減ったかな?貯金もあったから不安などは特になかったけどさ。大好きなゲーム(ゼルダ)やったり、結局だらだらすごして終わりだったけど、ゆっくりできたからよかった。貯金減ったのは気にしない。

大手の給与実態

休息を経て、職探し再開。初めて大手の運送会社に行ってみた。大手は今まで避けてました。

理由は「規則やら組織的でうるさそうだから」。

でも思い切って面接行ったのは、ボーナスがあるから。

そうなんです。今までの会社全て、ボーナスなしです。運送会社でボーナスありってめずらしいです。求人みてても中小企業で出してるとこ滅多にないですもん。

だから手取り35万だったとしても、年収にすると500万ちょいくらいなんですよね。

今までは1ヶ月の収入にこだわってましたが、ボーナスのある会社で年収として考える様になろうと。

路線便は決まった道、決まった内容なのでどーってことなくこなしました。

ただ、路線便なので全部夜勤。拘束時間は7時間のラッキーな便もあれば12時間くらいのも。365日動いてる会社なので、土日祝も仕事。4勤2休のシフト制は新鮮でよかった。だが平日休み。今まで日曜や年末年始、GWも休みだったのが普通に仕事になってちょっとストレスに。

給与は手取り23万。夜勤でこれは「うーん。」

ボーナスは年2回、30万×2回。「うーん。」

年収だと420万くらいか。「うーん。」

今までの働き方に比べたらマシです。でも…何だかなぁ。なーんかパッとしなかったんですよね。

生活もそれなりに、貯金もできてました。毎日帰れて、お風呂にもゆっくり入れて、自分のベッドで寝れて、まともな生活スタイルになり、時間にも余裕ができた。

余裕ができたけど、平日休みなので友人の休みと合わない。年末年始も仕事。初めてトラックの中で年越し。

貯金は順調だが、なにかしっくりこないまま、悪くもなければいいってわけでもない状況にダラダラ過ごし、結局2年やってみたけど規則のうるささ、コンプラ遵守、大手特有の組織の圧力がストレスとなり、2年で撤退。

毎日うちに帰れるし、拘束時間も7時間〜12時間だし、有給取得しやすさや労基法の徹底遵守は良かったんだけどね。

なかなか自分に合う会社と出会うのが難しい。

運送業の場合、

📍働き方がいいホワイト企業→給与が安い傾向(残業が少ないので)

📍給与がいい→働き方が最悪な超ブラック企業(残業で稼いでる構図)

こうなるんです。両方いいところはないのか…?それは私の理想が高いのか?わがままなのか?

なんだかなぁ〜。

【ここでのまとめ】

路線の運行は悪くないが日勤がほとんどなく夜勤メイン。その割には給与が安い。ボーナスあるが30万×2回。年収は420万くらい。年末年始、GW、お盆も仕事。組織的圧力&同調圧力強い。個人の意見、経験など通らない。マニュアル通り、みんな一緒の事させられる。ただ、有給取得、育休など、福利厚生は今までで一番良かった。そこはさすが大手。私には合わなかったが、超絶ブラックよりはマシかなって程度。

【貯金の推移】

10年〜11年目→760〜790万

ついに出会えた理想のホワイト企業

ここでついに1000万の大台を超える。

地元の中小企業。ここの会社の存在は知ってた。ただ、なかなか求人を出さないところで、何を運んでるのかとか謎でした。

何年もトラック求人を見てる私でも初めてそこの求人を見たので興味本位で応募してみたんですよ。

ここは自動車部品をメインに運んでる会社。荷主もしっかりした某自動車メーカー。

初めての給与は額面32万、手取り26万。

運行は空車で東北に部品引き取り→車庫に戻っておわり。「はい?」ってくらい楽です。

車庫からは夜勤の運転手が引き継ぎ、その部品を神奈川に納品して空車で帰ってくる。そしてまた私が東北に製品を引き取りに行って車庫で乗り換えてまた夜勤の運転手が神奈川へ….って感じでした。

要するに、1台のトラックを2人で稼働させて効率よく利益を出してる会社でした。

パレ積みパレおろしなのでバラ積みバラおろしは一切ありません。

正直「こんな仕事で給与もらっていいのか!?」ってくらい楽でした。自動車部品なので世間と同じ様に土日祝休み、たまに土曜出勤もあったが、問題ない。そして大型連休も当然ある。

魅力だったのがボーナス。

年2回、夏45万、冬55万の100万ほど。

運送屋でここまで出してくれるところ初めてでした。ないところのが圧倒的に多いので。

毎月の給与も33万、手取り26万くらい。

年収だと500万ちょいくらい。

拘束時間も10時間くらい。私は日勤希望したので夜勤なし。

こんないい会社あるんだ。。。!(◎_◎;)

組織化してるが、大手ほどの圧力はなかった。労働組合もしっかり機能している。春闘でもちゃんと戦ってくれてる。

給与もよくて、うるさい事言わない会社。探せばあるもんだ。ようやく自分にあうところと出会えた気がする。そして、求人に出てこない理由もわかった。紹介で入ってしまうので、あまり求人に出さなかったと。でも今回は紹介でも見込みがなかったから久しぶりに求人だしたと。そして私がそれを見て応募した感じ。

運送屋ってタイミングすごい大事なんですよね。誰かやめてポストが空けば、求人出すし。そのタイミングに合わないと知らずに終わりだし。ここはもう運ゲーですね。

そして生活も、働き方も、メンタルも、給与も安定して、友人との遊びもそれなりに、買いたいものも値段気にせず買っての生活してもボーナスがまるまる貯金に回せるくらいの余裕もできて、ここで働き始めて2年ちょいだったかな。ついに1000万の大台を超えました。

13年目でした。

「あぁ、ついにいったか。」

こんな感じでしたね。テンション上がるわけでもなく、特になにかをするわけでもなくいつも通り過ごした。

物欲がないのでブランド品なんかに興味がなかったのが幸いでした。財布だけはいいの持とうとVUITTONですが、それだけですね。これでブランド品なんかあれこれ買ってたら1000万なんて貯まってなかったと思います。

13年かかったけど、長いのか短いのか分かりません。期間はどうであれ、継続し続けたからこの結果があります。

平均年収が決して高くない運転手でも、1000万貯めれるんだなーって思いました。

最後に:1000万貯めて気づいたこと

相当長くなりましたが、一番何が大事かって、継続だと思います。その継続の中で、労働に対する考え方やお金に対する考え方、価値観が徐々に変化していきます。たくさん気づきがありました。

働くってなに?

労働ってなに?

がむしゃらに働いて稼ぐのはいいこと。でも体こわしたら意味ない。余計金かかる。

お金も資本。健康も大事な資本。

この“健康という資本”を壊したら、お金も崩れる。

働く(労働)とは?

健康(体力)・時間を資本にして稼ぐこと。でも労働で稼ぐには限界がありますね。

労働一本だけに頼ってたら詰むし人生常にハードモード。体力と時間を切り売りした労働だけじゃなく、お金に働いてもらう仕組みが必要だと。寝ててもお金が増える仕組みね。

結果、この1000万を元手に資産運用を始めるきっかけにもなり、3年半で資産は倍の2000万になりました。

【合わせて読みたい↓】

➡️「1000万貯金した後はどうしたの?」初めての資産運用はこちらの別記事にまとめてあります。

1000万って遠い数字のようですが、30万でも、50万でも、貯める習慣ができたらそれを継続すればいいだけなんですよね。継続したから1000万になっただけなんです。

このブログでは、私が経験した事、価値観、しがないトラック運転手の資産状況を、これからどんなふうに増えてくのか、労働以外でどうやって増やしていくのか、包み隠さず発信していきます。

実際に1000万円を貯めるまでに続けていた節約については、こちらの記事にまとめています。

➡️1000万円貯めるまでにやった節約術【貧乏くさいと笑われた話】

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